1935年創業の日本の革ジャンメーカーカドヤ。本社工場ヘッドファクトリーから生み出されるプロダクト、オーダーメイド、リペア、カスタムの仕様や製作過程、レザーやライダースジャケットにまつわるエピソードなどを発信。「日本のものづくりと職人の拘り」を綴ったブログです。

ハイスクール ララバイ

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フロントフォークカバーにはKAODYAのステッカー。
カスタムしたCBR250Rの前でピースサインの少年、
高校時代の同級 秋山純一郎。

私が高校生一年の頃、
当時は皆が原付免許をこぞって取得したものでした。
クラスの男子約9割はバイクに興味をもち、
16才で中型二輪免許取得者は羨望の眼差しで
見られました。
そんな時代でしたね。

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東京の西の外れ、奥多摩湖周遊道路には当時は有料だったにも関わらず、
峠のコーナーにはギャラリーができるほどバイク人気は白熱し、
休日ともなると空き缶を潰したバンクセンサーを膝に付けた
走り屋達が周遊道路を走り回っていました。

いち早く中型免許を取得し、奥多摩を走る秋山。
 
疾走する彼の姿に影響を受け、魅了された私も
遅れて中型免許を取得しました。

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その頃、彼は自動二輪限定解除免許を取得し、
FZ750にFZR1000のエンジンを乗せ換えて乗っていました。

全部の作業を自力でやっていたから驚きです。




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そんな彼と二輪量販店でバッタリ再会。

数多くのバイクと車を所有するという点 以外は
高校時代とあまり変わっていませんでした。

昔話は尽きませんが、
二人で走るとなれば、やはり行き先は奥多摩。
乗ってきたZ1000Jはやっぱり自力レストアしたとか。

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漫画バリバリ伝説の舞台ともなったこの地は、
やはりバイク乗りで熱い。
道中共通の知人、隼ターボ乗りの佐藤くんと出会います。

お気に入りの革ジャンの修理をご依頼して頂きましたね。
その節は有難うございました。

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思えばあれから30年・・・

秋山とはまだまだ続いていきそうです。

思い出に浸れた良いツーリングでした。


【牛坂】
2016-10-14 : 人物 :
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初走り !

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本BLOGでも何度かご紹介させて頂いている
フリーランスライターNANDY小菅さんに誘われ、

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冷たい北風で正月のナマった身体に喝を入れるべく
やって来たのは桶川スポーツランド。

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愛機の初乗りを行なってきました。

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持ち込んだ車両は雑誌Mr.BIKE BGでお馴染みのkawasaki750RS (ZⅡ)
そして私のZ650(ZAPPER)です。

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ここ桶川スポーツランドは全長840mのショートコース。
タイトコーナーが多く、右へ左へ、ときおり深く回り込んでいたりと
冬とはいえ 発汗するほどの忙しいコース。
良い練習になりました。

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ステムのオフセット量が小さい私のバイクのほうが、
今回のようなショ-トコースには有利!

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、、の筈ですが、NANDYさんと走っていると
そんなアドバンテージを感じることはありませんでした。

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後半はNANDYさんがボクのバイクを跨り、
ZAPPERステムを体感して頂きました.
また、いろいろアドバイスをしてくれたりと、
充実した一日でした。

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NANDYさんとの出会いは、私がパターンナー駆け出しの頃、
彼はダートトラックを走り回っていました。
ダート用のジャケットをオーダーする運びとなり、
ダートトラックが何なのか?どんな運動をするのか?
何もわからないまま彼の説明を聞きながら対応した記憶があります。

あれから16年、、、

お陰様でダートを走る機会も何度かあり、
その後のバイクライフにも多大な影響を与えて頂きました。

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当時は短めの着丈が流行りでしたね。

20150123 Nandy DART JACKET


1999 雑誌記事より


今年もガンガン走り、
より良いウエアー作りに努めたいと思います。


【牛坂】


2015-01-23 : 人物 :
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RACE TO THE CLOUDS

2014MCFAJ最終TSUKUBA

本BLOG でも何度か紹介させて頂いている新井泰緒さん。
KZ1000MK-Ⅱで参戦を続け、2004年にテイスト・オブ・ツクバ初優勝。
その後、5回の優勝を果たしている。

活躍は国内だけではなく、
2008年にはアメリカ・デイトナで開催されたAHRMAに参戦して3位。
2009年と2013年は共に優勝しており、
既にアメリカでもその名は知れ渡っている。

20141219 pikes peak 83

持ち込まれたワンピースツナギには83改め183に、

胸には第92回 PPIHCワッペン。
参戦者のみに与えられる勲章です。

2014 1219 pikesワッペン


遡ること2014年夏、新井さんは
友人、高野さんと共にZでパイクスピークへの参戦を決意した。
以下写真 Photo by Yowsuke Koga 

20141219 yasuo arai

新井泰緒さんKZ1000MK-II(1980年式)と高野昌浩さんZ1(1973年式)。

2014 pikes 挑戦する二人

舞台となるパイクスピーク(Pikes Peak) は、ロッキー山脈にある山の1つであり、
コロラド州東部の都市であるコロラドスプリングスが山麓に位置する。
この地で行われるパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム
(Pikes Peak International Hillclimb, PPIHC)、
別名「雲へ向かうレース(The Race to the Clouds)」として知られている。
初開催は1916年で、アメリカではインディ500に次ぐ歴史を持つレースでもある。
インジェクション付きの参加車両が多いなか、
キャブ車のしかもZで参戦するのは日本人で彼らが初。

PIKESPEAK kawasakiZ1000Mk2

ピットクルーはZ系チューニングSHOP "BLUE THUNDERS”(岩野代表)
をはじめ、関東のZ系ビルダー達が集結した。

20141219新井さんkawasaki Z1000Mk2 Pikes

車検の様子です。

2014 pikes peak 車検

2014pike peak Z1000mk2 車検

レースは標高2,862m地点をスタート地点とし、
ゴールは富士山の標高より高い4,300m。
頂上までの標高差1,439mを一気に駆け上がる。
距離は19.99km、コーナーの数は156、
平均勾配は7%である。
山肌を走るコースにはガードレールがない部分が多く、
ひとつハンドルを切り損ねれば600mの急斜面を滑落する。

201483山頂付近

スタート地点とゴール地点で大きく標高が異なるため、
気圧、気温、天候といった自然条件が大きく変化する。
スタート地点では晴れていても、
頂上付近では雪やひょうが降ることがあるそうだ。

頂上へ向かうにつれて刻々と変化する
自然との闘いといった意味合いの強いレースであり、
急激に変化する気圧に対応しきれず、高山病どころか
目の前が急に真っ暗「ブラックアウト」になる危険を伴う。

2014PikesPeak83 朝雲走行シーン

一般公道を使用するため、練習走行は夜明け近くの早朝に行う。
頂上付近の気温は氷点下近く。 視界も悪く、悪条件が重なる。

2014 PIKESピットクルー達

時差ぼけの中、起きるのは朝の2時だそうです。

20141219PIKES朝 練習

初めて走る道。
見た目に似たようなコーナーが点在し、
回り込んでいてキツいコーナーがいきなり現れる。

20141219pikes早朝


150キロ以上で入っていく右高速コーナー。
強烈な朝日が逆光で目に差込み 一瞬何も見えなくなるとか・・・

2014Pikes 逆光

予選、タイムアタック、 新井さんは予選一位をマークする。
すぐ後には「ガイ・マーティン」 
ドキュメント映画「CLOSER TO THE EDGE」で有名になった
マン島TTライダー。

201483PIEKS PEAKハイスピードコーナー

グリップの良いサーキットの路面と違い、
タイヤが滑りぎみだったそうですが、楽しく走れたそうです.

2014pikes 83崖フェンスなし走行シーン

2014PIKES 83 山腹走行シーン

「雲に向かうレースは本当だった」 とのちに新井さんは綴っています。

2014Pikes peak 83コーナー走行シーン

無事にGOAL !

2014PIKES PEAK FAINAL 83


総合53位、クラス2位。

クラスのトップはガイ・マーティン
差は1秒。

20141219PIKESPEAK GOAL2

2014PIKES PEAK Goal 山頂にて

20141219PIKESPEAK Goal 山頂

輝かしい成績を残しました。
おめでとうございます。

今回の大会において不運にも命を落としたライダーもいる
この命がけのレース。
来年も参加されるそうです。

私には今年一番の良い刺激でした。
きっとあの少年の心にも
響くものがあったに違いありません。

挑戦し続ける彼らを応援します。



【牛坂】
2014-12-19 : 人物 :
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SAMURAI JAPAN

20131025筑波サーキットにて新井泰緒選手 

以前,このBLOGでもご紹介させて頂いている新井泰緒さん
KAWASAKI Z1000Mk.Ⅱで豪快に走る姿は観る者を魅了し、
ゼット乗りのヒーロー的存在です。


20131025USA 

この秋、新井さんが渡ったのはアメリカ合衆国のフロリダ州デイトナビーチ。

この時期はバイクウイークということで街には 凄い数のバイクが,,,
さすがモータりゼーションの国 アメリカです。 


20131025 デイトナ・インターナショナル・スピードウェイ 

フロリダ州デイトナビーチにあるオーバルトラック。
デイトナ・インターナショナル・スピードウェイ。
NASCARの統括するストックカーレースの会場です。


20131025 デイトナ・パドック 

ここで行われるアメリカのビンテージバイクレースの最高峰 AHRMAに、
(アメリカン・ヒストリック・レーシング・モーターサイクル・ アソシエーション)
プライベートチーム 新井さん高野さん、二人のライダーがZで参戦です。


20131025DYTONA パドック 

練習走行前の様子です。
Z系チューンショップBLUE THUNDERS のマシン2台は兄弟カラー。


20131025 新井泰雄選手 


20131025DYTONAにて新井泰緒選手 

そして本戦へ どこへ行っても この方は威風堂々、、、
緊張感が伝わります。


20131025新井泰緒選手 

WINNER !!

見事 新井選手 優勝。 高野選手は3位と輝かしい結果を残しました。
おめでとうございます!
世界を制した日本のライダーに乾杯しませんか。


写真は同行されたZ系・ノスタルジックバイクプロショップ
SPEED SHOP ITO/ 伊藤晶雄様より提供して頂きました。
この場をかりてお礼を申し上げます。


【牛坂】


2013-10-25 : 人物 :
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「思い出のライダースジャケット」

あらためまして
新年 明けまして おめでとうございます

今年最初のHFブログは わたくし 原田 の「思い出のライダースジャケット」の話から
スタートさせて頂きます。

20歳の頃 古着屋で購入し、それから22年の月日を共にしてきた 「とっておきの一着」

TH 2013 0104 001

31歳でカドヤに入社。
革ジャン職人として工場に勤務し、ライダースウェアの構造を追及するようになって
からは、このJKTに袖を通すことが殆ど無くなりましたが、それまで所有していた
10着程の革ジャンを全て手放した現在も、思い出の沢山詰まったこのJKT一着だけは
部屋の守り主として、玄関の壁に飾ってあります。

18歳で乗り始めたオートバイ。
何がオートバイ用として適し、優れ、安全で着易く、カッコいいライダースジャケット
なのか、、、そんなことは何も考えておらず、ただ漠然と「革ジャン着とくベシ!」と
ごくごく浅い付き合いをしていた頃、ある古着屋で運命の出会いがありました。

その頃 習慣となっていたライダースJKT見学を古着屋さんで黙々としていると、
「何か 探してるモノがあれば!」 
と縦長で狭い店内奥から「ピターっ」としたライダースJKTを着た
不良濃度の高い パンチの効いた おニイさん が声をかけてくれました。

僕      「ぴたっ、 とした革ジャンで、、、」
店員さん  「ハイハイ、、タイトなライダースね。」
僕      「た?、、、たいとで!」

店員さんがシャバダっている僕に失笑し、ハンガーラックに掛けられた おびただしい数の
革ジャンの中から、瞬時に、一発で目の前に出してきてくれたのが このJKT。

その頃は、(経年変化の良さ )とか(アジ )とかにあまり興味がなく、
古着の中でも劣化の少ない程度の良い物を無意識に見て探していたので、、、
まず 出されたJKTの ボロイというか、ヤレ具合に驚きました。

そして、それにもまして どうも気になって仕方なかったのが、
両袖口からほぼ左右均等にはみ出ている赤い布。

僕が納得出来ずに「ジーッ」と袖口の赤いヤツをモミ、クチャと触りながら睨んでいると

店員さん  「そうなんスよね、、裏地のキルティングが飛び出ちゃってて、、、
         カッコ良いっスよね!そういうところが。」
僕      「(こういうの、、かっこ良いかよ。)」 無言。
店員さん  「お客さんの体型だと 飛び出た裏地分も含めた袖丈で ジャスト でしょうね。」

完全に店員さんのペースとなり 鏡の前に誘導され、オメオメと試着。

はたして 鏡に写った自分の姿は、店員さんの言うとおり
全くもってして、飛び出た裏地も含め 袖丈はジャストサイズでした。
ボディー全体のシルエットも体にフィットし、革も柔らかく動きやすくて
ヤレて アジがでている分、鏡の中の自分が実年齢よりも少し貫禄が出た気がして、
まんざらでもなく、内心、嬉しくなりました。

僕      「どうなんですかね。」
店員さん  「大丈夫、OK!!」  と笑顔。
僕      「買います!」     と満面の笑顔で返す。
店員さん  「あざース。。」    と 今度は ものすごく業務的に イナされ。。。



忘れることの出来ない、大切な思い出の1ページです。

この1着の古びた革ジャンとの出会いによって、私に遅咲きの青春黄金時代が到来し
20代は、オートバイと革ジャンが [精神軸] となって活発化し
いろんな人、物、場所との出会いによって 大いに刺激を受け、影響され、興奮し、
本当に大好きになって、のめり込んでいく中で、
「自身の輪郭」 が形成された時期でした。


そして、22年後の現在

TH 2013 0104 007

現在の私の職務は 縫製職の他に、
革の仕入れから出荷前の製品検品など 管理業務全般、
時には、新商品の開発に携わることもあります。

上の写真は
次期 HFニューモデルに使用予定である新規の革を、 HF既存モデルに落とし込んで
モニタリング中の サンプルJKT。  実験も最終段階にきています。

タンナーさんや、皮革技術センターで検査してもらう多角的な革の堅牢度データーとは別に、
艶の感じ、シワの入り方、ハリとコシがしっかりと備わっているか、着易いか、馴染みは
どうだ?、、、、などなど、
モニタリングは 、取り扱う我々自身が体感し、様々なプロセスを踏んで、
理解し、納得したうえで理論付けを行う とても重要な業務です。

創業75年を超えた 「カドヤの伝統技術と精神」 に裏打ちされた
ライディングウェアづくり の哲学、方法論により、
「 高い完成度を追い求める 使命感 」 をスタッフ皆が 共通認識として強く念頭におき、

お客様に 「 安心して 喜んで頂ける 革ジャン づくり」 に日々、励んでいます。


一着の革ジャンが完成するまでの間に
こんなにも根気と集中力のいる 地道な作業が必要である、、、ということなど

22年前の僕 は全く 知る由もなく。。。


「大丈夫、OK!!」

不良にいさんの (あの言葉) に後押しされ、、
ライダースJKTを着る喜びに満ちた日々を送っていたのです。

TH 2012 0104 020

(19年前)  手に入れたばかりのトラ と あの革ジャン




【原田】








2013-01-04 : 人物 :
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プロフィール

head factory

Author:head factory
創業1935年、日本の革ジャンメーカー浅草カドヤ。本社工場ザ・ヘッドファクトリーでは、職人それぞれが一人一着縫いにて既製品の製作、オーダーメイド、カスタム、リペア、そして製品管理を行なっています。
所在地:東京都台東区西浅草3-29-21 株式会社カドヤ本社ビル 6F/7F

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